スポンサーサイト

--.--.--.--:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

緊急地震速報一覧13日~17日まで

2011.11.21.14:13

■11月13日
データのクラッシュのため画像と情報なし。


■11月14日
1114-1.jpg
種子島南東沖 01:21:58 最大震度 1

1114-2.jpg
千葉県南部 04;40:36 最大震度 3

1114-3.jpg
三陸沖 06:05:20 最大震度 1
岩手県沖 08:50:18 最大震度 1

1114-4.jpg
島根県西部 15:53:00 最大震度 4

1114-5.jpg
東北地方東方沖 19:45:14 最大震度不明

■11月15日
同じく画像と情報なし


■11月16日
1116-1.jpg
福島県沖 02:24:55 最大震度 1
宮城県沖 23:53:59 最大震度 1

■11月17日
1117-1.jpg
岩手県沖 01:14:02 最大震度 1
三陸沖 04:39:45 最大震度 1
宮城県沖 17:34:31 最大震度 3
茨城県沖 18:42:58 最大震度 3

1117-2.jpg
根室半島南東沖 07:08:32 最大震度 1
スポンサーサイト

theme : 幸せな生活
genre : ライフ

緊急地震速報記録11月12日分

2011.11.18.10:32

更新怠りすいません。

大切な人の命日で帰省しておりました。
何年たっても悲しいものですね。
会って話したいことたくさんあるのに。

それでは本題に。
さて、まずは12日の緊急地震速報記録です。

111112.jpg

三陸沖 01:06:10 最大震度 1
宮城県沖 02:24:20 最大震度 2
三陸沖 23:31:06 最大震度 1



111112-2.jpg

トカラ列島近海 02:09:46 最大震度 2
こちら画像に打ち込んだ時間が間違っていますね正しくは深夜2時。



111112-3.jpg

宮古島近海 16:27:17 最大震度 2


12日の記録は以上です。
今からちょっとおでかけ、
帰ったらまた更新します。

theme : 生活に役立つ情報
genre : ライフ

緊急地震速報の記録

2011.11.12.12:02

せっかく緊急地震速報アプリを日々みているので
画像と最大震度、地震発生時間を記録することにしました。
まずは、2011年11月10日から。

20111110.jpg

20111110-2.jpg

秋田と福島で最大震度4
愛知で最大震度3
東北は相変わらずの余震という感じでしょうか
ピーク時よりは減りましたが、震度4というのは気になります。


次はぞろ目でなにかあるのでは??と騒がれていた昨日。
11年11月11日の記録。

20111111.jpg


20111111-2.jpg


東北は小さな地震が4回
トカラ列島近海で最大震度4、こちらはちょっと気になりますね。
最近九州、沖縄地方にもちらほら地震、きています。


少しは参考になればと思います。
出来るだけ毎日の更新を目指します。


すべてはつながっています。
全体性を見失わないように。

あなたは、あのひと、わたしはあなた、あなたはわたし。

theme : 快適な生活のために
genre : ライフ

わたしたちの涙で雪だるまが溶けた

2011.11.09.06:42

【残り48時間・緊急国際署名】 [EMERGENCY] 48 hours to save Fukushima’s children. Please RT and sign the petition!

「福島市の子ども達を守るため、早急に行動をとるよう強く要請!
安全地域に移住したいと望む人々に緊急の支援を提供するよう求めます。」


↓国際的NGO組織Avaaz緊急署名↓

http://t.co/zWkMXS0C



とあるブログからある文章を転載いたします。
少し長いですが、最後まで読んで頂きたい文章です。

-----------

チェルノブイリの子供たちが書いた作文集を紹介します。
5年後に確実に起きる未来。この作文集は、主に中等学校
(11年制で、6歳から16歳までの子どもが学ぶ)の高学年の生徒たちによって書かれました。
事故が起きた時、この子達はまだ幼くなにが起きたのかを正確に理解することができなかったのでした。
そんな彼らが成長して書いた文章です。


「わたしたちの涙で雪だるまが溶けた」梓書院 チェルノブイリ支援運動九州より
http://blog.goo.ne.jp/nagaikenji20070927/ 放射能防御プロジェクト

ナジェージュダさんというベラルーシの
マリノフカという村に住んでいた方の日記を紹介します。

マリノフカはこの地図で言うとミンスクの近くで、
実にチェルノブイリから300kmも離れているのですが、
飛び地のホットスポットだったのでしょう。
ナジェージュダさんは癌で死んでしまいました。

(子どもだったためもあるかもしれません。
ご存じのように放射能感応度は細胞分裂が盛んな子どもが高い。
10歳の子どもで大人の10倍。胎児で100倍の感応度) 

その子の従兄のイーゴリ君が彼女の死後、
日記を持っていてそれを彼が作文として紹介したものです。

-------------------------------------------------


■ イーゴリ・マローズ 第四中等学校十一年生 シュクロフ町 ■

祖母の住むマリノフカが汚染のひどいところだということを、当時はまだ誰も知らなかった。

そこにはずっと昔から、野生のナシの木があった。いつごろからあったのか誰も知らなかったが、それは祖母の庭にはえていた。

その夏、マリノフカには、すでに放射能が舞い降りていた。しかし人々は、これから恐ろしい不幸がおこるなどとは予期していなかったし、誰もこの古い大木にも死の兆候が表れているなど思ってもみなかった。

その木は、庭のほとんど三分の一を日陰にするので、村の人達は何度もこの木を切り倒すように祖母に助言した。

しかしその都度、祖母は断り、こう言った。「そんなことしちゃだめなんだよ。その昔、この木の下に、罪のない女の子の血が流されたんだから」と。

遠い昔の農奴の悲しい死の伝説を知ってる人はたくさんいたけれど、みんながそれを本当のことだと信じていたわけではない。

だけど、私の祖母は信じていた。
この驚くべき古木は、祖母にとって聖なるものなのである。

僕のいとこのナジェージュダは、このナシの木が好きだった。
その年の夏休みにも彼女は祖母のところにやってきた。

その夏は蒸し暑く、沈んだ雰囲気だった。
でもおばあちゃんのいるマリノフカは、とても美しかったし、広々としていた。

ナジェージュダは夏中、祖母の菜園に滞在し、種蒔きなどの手伝いをした。
また彼女は森へ行って、イチゴやキノコを集めたり、近くの川で日光浴や水遊びもした。

ある日、地区のなんだかえらい人が来て、
「村の土や水や空気はとてもきれいであります。
ここは安心して住んでいただきたい。」と言って帰って行った。
だから村人たちは安心して住み続けた。

大きく枝を張り、葉を茂らせたナシの木の下で、ナジェージュダは水彩画を描いた。
彼女は画家になることを夢見て、美術研究所で勉強していた。

彼女はその夏、とても美しくなった。
十五歳だった。少女からレディーになった。
彼女は日記を書きはじめ、そこに秘密の想いや印象を書き残した。

しかし、この日記には、その後、腫瘍専門病院での苦しみが書かれることになる。

彼女の日記に書かれたことは全て、言葉で言い表せないほど、僕を揺り動かした。

とりわけ、最後の十日間分の内容はそうだった。
何という希望、生への渇望、人間的尊厳だろうか。
何という悲劇、取り返しのつかないわざわいを感じていたのだろうか。

今、この日記は僕の手元にある。
僕はこの勇気と真の崇高さが記されたナジェージュダの日記の、
最後の数日分をここに紹介したい。



■ 三月一日

第十二号病室の男の子たちが、春のお祝いを言いにやってきた。
病室には、もうすぐ春が来るというのに、不幸な私や男の子たちがいた。
とおりにはまだ雪が残っていて、彼らは雪だるまをつくり、
病院の大きなお盆にのせて私たちの病棟に持って来てくれた。

雪だるまはすばらしかった。
それをつくったのは、トーリャに違いない。
彼は彫刻家を夢見ていて、いつも粘土で何かをつくっているから。
彼は化学治療のあと、ベッドから起きることを今日許されたばかりだ。
トーリャは、みんなの気分を盛り上げようとしたのだ。
「だって、春が始まったんだから!」

その雪だるまのそばにはメッセージがあった。
「女の子たちへ。みなさんにとって最後の雪です!」と。

「なぜ最後なの?本当に最後なの?」
私たちは、ひとりまたひとりと泣きながらたずねた。
雪だるまは少しずつ溶けた。
それは私たちの涙で溶けてしまったように思えた。


■ 三月二日
今日、おばあちゃんが来てくれた。
大好きな、大切なおばあちゃんだ。

彼女は私の病気の原因は自分にあると思っている。

おばあちゃんに大きなナシの木の伝説を話してとお願いした。
その大木の下で空想するのが好きだった。
だけど、そこはチェルノブイリ事故のあとは大きな原子炉になったみたいだった。
絵に描くためにおばあちゃんの話を細かいところまで漏らさないように聞いた。
おばあちゃんは静かにおだやかに話しはじめた。

「昔々、農奴制があったころのことでした。
金持ちの領主がまずいしいけれど美しい娘を好きになりました。
そして力づくで娘を城に連れて来たのです。
マリイカ-この娘の名前ですが-ずーっと、
城の中で泣き悲しんでいました。
ある日、この悲しい娘は、鍵番の青年の手助けで、
彼と一緒に領主のもとから逃げることができました。
しかし、領主の使用人たちは、隠れるところのない草原に彼らを追い詰めました。

無慈悲な領主は激怒して叫びました。
「お前が俺のものにならないというのなら、誰のものでもなくしてやる」と。
領主はサーベルで娘に切りつけると、
その不幸な逃亡者は大地に崩れるようにして倒れました。
その罪のないマリイカの血が流れたところに、
美しい野生のナシの木が生えたと言われています。

・・・これが私がずっとナシの木を守ってきた理由なのよ。
でも今はね、ナジェージュダちゃん、もうこのナシの木はなくなってしまったの。
どこからかクレーン車が来て、このナシの木を根っこから引き抜いてしまったの。
ナシの木があったところには、セメントが流し込まれ、何かのマークがつけられたの。
もうみんな村から出ていってしまったわ。
私たちのマリノフカは、空っぽになってしまったの。死んでしまったのよ」

おばあちゃんが帰る時、私には頼みたいことがあった。
私が死んだら、墓地に埋めないで欲しい。それが心配だ。

美しい草原か白樺林がいい。
お墓のそばにリンゴかナシの木を植えて欲しい。

でもそんなことを考えるのはいやだ!

草にはなりたくない。

生きなければならない!生き続ける!

病気に打ち克つ力が十分にある。
そう感じる!


■ 三月三日

できるかぎり痛みをこらえている。
おばあちゃんの肖像画が完成した。

おかあさんが、この絵を見て感動し、
「ナジュージュダ、お前には素晴らしい才能があるんだねー」と言った。

主治医のタチアナ先生は、私には勇気があったから治療も成功したと言ってくれた。

元気づけられた。神様おねがいします。
持ちこたえ、生き続ける力をお与えください。
お願いします。


■ 三月四日

医者はよくなっているというのに、どうして体力が落ちているのだろう。
どうして急に病棟がさわがしくなったのだろう。
点滴のあと、この日記をつけている。

どうしてほとんど良くなっていないのだろう。
同じ病室の友だち、ガーリャ、ビーカ、ジーマが私を見るとき、
何か悲しそうな目をする。
今まで以上にひどく同情してくれているのがわかる。
彼女たちも同じような境遇なのに。

わかった、誰も人間の苦悩を見たくないからだ。
だがどうしようもない。
ここの病棟は満員になっている。
タチアナ先生の話では、三年前には、入院患者はほとんどいなかったそうだ。

これらのことは全て、チェルノブイリ事故によるものなのだ。
この不幸をもたらした犯人をここに連れて来て、
この病棟にしばらくいさせたいものだ。
自分のやったことの結果を見せつけたい。

アンナ・アフマートバを読み始めた。
「私は最後のときを生きている」というテーマで絵を描きたくなった。


■ 三月五日

10号室のワーニャちゃんが死んだ。
大きな青い目をした金髪の男の子で、病棟のみんなから愛されていた。
まだ七歳だった。彼はここに来る前にドイツに治療に行ったこともある。
昨日、ワーニャちゃんは自分の誕生日のお祝いだからと、
全員にキャラメルを配ってくれた。
私たちもお祝いに病室に行ったら、とても喜んでくれたのに。

神様、あなたはなぜ、みんなに平等に親切ではないのですか。
どうしてワーニャちゃんが・・・・。
何の罪もないのに。


■ 三月六日

どんな痛みでも我慢できるようになった。

おかあさんがその方法を教えてくれた。
私の胸に、病院の入り口にたちつくす母親たちの姿をやきつけることを考えついた。

母親たちは、私たちより苦しんでいる。

彼女たちを見ていると、我慢しなければと思い、希望を持たなければと思う。
不幸をともにする仲間が、どんなに痛みと闘っているかを見たことがある。

それは十五歳のボーバのことだ。
母親は医者のところに走り、医者は彼に痛み止めの注射をする。
薬の効く間だけ苦しみのうめきは止まり、鳴き声はやむ。
今後この少年はどうなるのだろう。私たちはどうなるのだろう。

私が思うには、チェルノブイリの惨事は、人間の理解をこえたもののひとつである。
これは人間存在の合理性をおびやかし、
その信頼を無理矢理奪い去るものにほかならない。


■ 三月七日

今日、デンマークの人動的支援組織の人が来た。
この病室にも、ふわっとした金髪の女性が入ってきた。
とても美しく、魅力的な人だった。

私のそばに座り私の頭をなでると、彼女の目に涙があふれてきた。
通訳の人の話では、数年前、彼女のひとり娘が交通事故で突然亡くなったそうである。
この外国のお客さんは、身につけていた十字架のネックレスをはずし、
私の首にかけてくれた。

子どもに対する純粋な愛は世界中の母親、みな同じであることを感じた。



■ 三月八日

今日は祝日。机には、オレンジ、バナナ、ミモザ、アカシアの花束が置いてある。
それには、詞が書いてある美しい絵はがきが添えてあった。

望みは何かというと
あなたがよくなりますように
あなたに太陽が輝きますように
あなたの心が愛されますように
あなたのすべての災難と不幸が
勝利にかわりますように

私たちはいつも健康と幸福を望んでいる。
ただ勝利だけを。恐ろしい病気に打ち克とう。幸福はあなたのものだ。

病院の講堂で国際婦人デーの集会が開かれた。トーリャと一緒に踊った。
でもそれは少しだけ。すぐ目がまわりはじめるからだ。
友だちが私たちは美しいペアだと言ってくれた。


■ 三月九日

おとぎ話は終わった。再び悪くなった。
こんなにひどくなったことは今までなかった。

朝から虚脱感がひどく、けいれんが止まらないが、薬はもう効かなかった。
最も恐ろしいことは髪だ。髪が束で抜ける。私の頭からなくなっていく。

回診のときにタチアナ先生は、治療はもう完了したので、
あとは自宅で体力を回復させなさいと言った。

私は先生の目をのぞき込んだ。そして理解した。全てのことを!


■ 三月10日

おかあさんは私の好きなコートを持ってきてくれた。
それを着れば私だってまだこんなにかわいいのに!

私はやっと歩いて、病棟のみんなにわかれを告げてまわった。

さようなら、みんな、私を忘れないでね!

私もみんなのこと忘れないから!




ナジェージュダは三月の終わりに死んだ。



日記の最後はラテン語の「Vixi(生きた)」で結んであった。
彼女は自分の人生で何ができたのだろうか。

彼女は何を残したのだろうか。何枚の風景画とスケッチと肖像画。
それと大地に残る輝かしい足跡だ。

みなさん、子どもたちの無言の叫びを聞いて下さい。援助に来てください。
神も、悪魔もいらない。

ただ人間の理性とやさしい心だけが、
痛み、苦しみ抜いている大地を救うことができるのです。

みんなで一緒になって初めて、
チェルノブイリの恐ろしい被害を克服することができるのです。


-------------------------------------------------

この文章を読んでわたしは涙を押さえることができませんでした。
こんちくしょう。涙があふれてしょうがない。
この若くして死んだナジェージュダさんの日記。
我々のできることと言えばこの日記を転載するだけですが、どうかブログやWEBサイトをお持ちの方、転載をお願いします。

この日記を読んでわたしは思います。
今もいろいろとあーだこうだ。原発に関しては、いろいろと意見が分かれ、何が正しいのか。何が間違っているのか。喧々諤々、それぞれが自分の方が正しいと主張しあって相手を非難している。
しかし正義で何が解決するでしょうか。

正義なんていらない。
この日記の最後にあるように。
ただ人の心のやさしさ。それだけが苦しみ抜いている大地を救うことができる。
わたしもそう思いました。

-----------

転載終わり。



こんな思いをまた子どもたちにさせるのですか
ひとは学べる生き物であるはずです。

子どもたちは大人の判断に従うしかないのです。

その場所にほんとうに居なくてはならないのでしょうか
しがらみは、あるようでない。

ほんとうに大切なものを見失わないで欲しいです。

今、私たちにはできる事があります。
是非、福島の子供たちを疎開させる署名にご協力下さい!!



↓国際的NGO組織Avaaz緊急署名↓

http://t.co/zWkMXS0C

theme : 幸せな生活
genre : ライフ

相対性理論「時間の遅れ」、日常世界で実証

2010.09.30.14:51

きわめて正確な原子時計を使って、科学者たちが「時間の遅れ」を観測した。これは、[運動や重力によって]時間の進み方に違いが生じるという奇妙な現象であり、アルベルト・アインシュタインが相対性理論において予言していたものだ。

「非常に精度の高い現代の技術をもってすれば、とらえるのが困難なこれらの効果を、リビングルームのような場所でも観測することができる」と、セントルイスにあるワシントン大学の物理学者Clifford Will氏は話す。

時間の遅れ現象は、2つの状況下で起こる。1つは、地球など巨大な物体の近くにいるほど、時間の進み方は遅くなるというものだ。たとえば、熱気球に乗って上空にいる人は、地上に立っている人よりも速く年を取ることになる。[一般相対性理論によると、重力は時空を歪ませ、時間の進みを遅らせる。このため重力場の存在する惑星上では、重力の無い宇宙空間に比べて時間がゆっくり進む事になる]

もう1つは、静止している状態では、動いている状態と比べて時間が速く進むというものだ。この2番目の奇妙な理論は、アインシュタインが[特殊相対性理論として]提示した後、「ウラシマ効果」として知られるようになった。つまり、25歳になる双子の兄が、ロケットに乗って光速に近い速度で移動する場合、数ヵ月後に地球に戻ってみると、双子の弟はすでに中年の年頃になっているという思考実験だ。[この際に生じる理論的パラドックスを双子のパラドックスと呼ぶ]

一般および特殊相対性理論が予測したこの奇妙な現象は、すでにロケットや航空機を用いた実験で証明されている[航空機に載せた原子時計の進みがごく僅かに遅れる事が、実験によって確認されている]。

また、地球に近いほど時間の進み方が遅くなるということについては、ハーバード大学にある物理学研究棟で実験が行なわれ、実証されている。[1960年、パウンドとレプカは可視光よりもずっと振動数の高いガンマ線での無反跳共鳴吸収効果(メスバワー効果)を利用して、ハーバード大学の時計台での22メートルの高低差で 2.4 × 10-15 という非常に小さいずれを検出することができた]

GPSデバイスなどの時計も、相対性理論的な影響を受けるため、正確に時を刻み続けるように適宜補正がなされている。[GPSでは、GPS衛星の周回運動による時間の遅れと、重力場の影響によるシグナル到達の時間の遅れを考慮する必要がある。地球上の測定器が受信する信号が正確に処理されるように、衛星側の内蔵時計は、毎秒100億分の4.45秒だけ遅く進むように補正が行なわれている]

『Science』誌の9月24日号に発表された今回の研究は、コロラド州ボールダーにある米国立標準技術研究所(NIST)で行なわれたものだ。

NISTの物理学者James Chin-wen Chou氏ら研究チームは、2つの光学原子時計を、それぞれ近接した研究室の鋼鉄製の台の上に設置した。2つの時計はいずれも電荷を帯びたアルミニウム原子、すなわちアルミニウムイオンを用いており、それが2つのエネルギーレベルの間を1秒に1000兆回以上も振動する。この2つの時計を、長さ75メートルの光ケーブルで接続し、それぞれの時間の進み方を比較できるようにした。

最初の実験でChou氏らは、油圧ジャッキを使って、一方の時計を設置した台を33センチメートル持ち上げた。すると予想通り、低い位置にある時計のほうが、持ち上げられた時計よりも時間の進み方が遅かった。その遅れは、79年間で「1秒の900億分の1」程度だ。

2度目の実験では、一方の時計のアルミニウムイオンを、電場を用いて振動させた。これも予想通り、イオンを運動させた時計のほうが、静止していた時計よりも時間の進み方が遅かった。

今回の実験は、相対性理論の証明というよりは、原子時計の驚異的な精度の方に意味がある、とChou氏は説明している。[超高精度の原子時計に更に改良が加えられれば、物理測地学の分野で、地球の重力場を極めて高い精度で計測できるようになると期待されている]

theme : 快適な生活のために
genre : ライフ

プロフィール

Author:MAY
FC2ブログへようこそ!

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも一覧

過去ログ倉庫:黄金の金玉を知らないか?
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。